11 月 30th, 2007

少し前のバロンどこ見てる?↓のように落ち葉まだありません。
優しい顔してるでしょ!すごーく大人しいです。飼い主に似なく・・・

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↓落ち葉特に柏の木の葉っぱでいっぱいになってしまいます。
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昨日風が吹き落ち葉がバロンのところにも・・横顔もいいでしょ!

昨日に続き今日も心のネタからです。
『宝くじは自分に当たり災難は他人に起こるものと思っている』
昔、茗荷(みょうが)というものは、忘れ薬になると聞いていた宿屋の夫婦がいた。
ある時、金持ちらしい客が、大きな鞄をもって投宿した。
欲深い宿屋の夫婦は何とかあの鞄を忘れて行かせようと、食事を茗荷の料理ずくめにすることに一決する。
茗荷の吸い物、茗荷の煮物、茗荷の和え物、茗荷のひたしものをご膳にすえて弁明した。
「お客さん、田舎のことで何も仕様がございません。裏の畑の茗荷で少々作ってまいりました。どうぞ、召し上がってください」
「ああ、さよか。ワシは茗荷がだいこうぶつでなぁ。これはこれはご馳走様じゃ」
夫婦は寝物語に、明日の朝食も茗荷ばかり出せば、あの鞄は間違いなく忘れて帰るぞ。おまえには着物を買ってやる。オレは上等の洋服にしようか、などと胸をふくまらせて就寝した。
翌朝、
「お客さま、まことにお粗末でしたがお好きとおっしゃっていましたので、今朝もまた茗荷を
出させて頂きました」
「おお、それはけっこう、けっこう。ああ、なるほどこの味噌汁は茗荷、これは茗荷の煮物、これは茗荷の焼き物、みんなおいしい、おいしい」
やがて上機嫌で客は出て行く。
「オイ、早くあの客のいた座敷を探せ!何か忘れてあるはずだ。ドレドレ押入れの中かな。
ナニ、戸棚の中かな、待てよ便所かな、机の下にもないが、畳をまくって見よ。
ハテナどうしたのだろう、なんにも忘れてないぞ。おかしいなぁ」
と思案していると、大声上げて妻が飛んできた。
「あんた大変よ。宿賃もらうの忘れたよ」

年末ジャンボ宝くじを買ったサラリーマン夫婦が盛んに論じている。
「一億円当たったらどうする」
「二人でもらいに行きましょうよ」
「強盗に狙われるかもしれないぞ」
「すぐに郵便局に預金しましょう」
「おまえは、何に使うつもりだ」
「大きなマイホームが欲しいのよ。そして娘に近所にない、ピアノを買ってやりたいの」
「じゃオレは、高級車を買おうか」
「その車で何処か遠くへ、ドライブに行きましょうよ」
そこへやってきた娘が笑った。
「当たりもせんのに、何言っているのよ。タヌキの皮算用じゃないのよ」
災いは他人に、幸せは自分に来るものと、みな思っている。 以上。
今日の四字熟語「一攫千金」
意味=一つかみで大金を手にすること。1度にたくさんの利益を得ること。
濡れ手で粟。
類語=一攫万金(いっかくばんきん)
参考=攫はつかむ、つかみとる意。最近は一攫を一獲と書くことも多いがこれは誤り
「金」「万金」は、ともに大量の金。
用例=宝くじを買う人は皆一攫千金を夢見ている。
余談
茗荷(みょうが
)・・生姜科です。
昔御釈迦さんの弟子で物覚えの悪い男がいて自分の名前さえも
忘れるので御釈迦さんが名札をかけさせたがその名札さえ忘れてでも
その人が亡くなると墓には知らない植物が沢山生えてきた。そこで彼が自分お名前を苦労してきたとのことで名を荷うと言うことでこの草に茗荷と名づけたそうです。
食べると物忘れがひどくなると言うことは栄養学的にはそのような成分は含まれてないそうです。
干し柿を友人のSちゃんがもってきてくれました。Sちゃんのお姉さんが作ったそうです。
4つ溝柿の干し柿美味しくて食べすぎてしまいます。
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今日は朝早くから市の福祉会館で開催される保健リーダー講演会で結核予防婦人会で
紙芝居をやりに行かなくてはなりません。二日前にリハーサルをと集まったのですが
行き違いがありリハーサルが出来なかったのでぶっつけ本番です。
ちょっと心配です。

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11 月 29th, 2007

今日は天気が悪く木枯らしも吹いています。寒い日となりそうです。

久しぶりに心のタネ・・アップします。

『年を増すごとに強くなるオレがオレがの主張』
お婆さんが近所の人に愚痴っている。
『あんたの家の嫁はいいなぁ。家では私が暑いさなかに買い物から帰って
「ああ暑い暑い」と言っても嫁は知らん顔しているのよ。
「何とか言わんかい」と言っても「私が何とか言ったら、涼しゅうなるんか」とぬかす。
腹が立って腹が立って、「おまえは他人が来ると小笠原流かなんか知らんが笑顔して
しゃべるくせに、私にはろくにものも言わない」と言ったら、「よその人にペチャクチャいわんやならんから、せめて家の婆になりと節約しなきゃ」とぬかしやがる。こんな嫁どこにかいるんじゃろか』
「私がこんなに苦しんでいるのに少しも案じてくれない。薄情な人だ」と恨んでいる。
「では他人の苦しみを、どれだけ親身になって心配しているだろうか」と反省すると身が凍る。
「オレがこれだけ親切にしているのに」
「私がこれだけ尽くしているのに」
「オレがこれだけやっている」の自惚れが怒りの元であり、苦しみの根源のようである。
「世話しているのでなく、世話になってるのだ」
「堪忍してるのでなく、堪忍してもらってるのでいるのだ」と心を反転すればどうだろう。
苦しみは半減するに違いない。
善に向かうのが悪いのではない。これだけオレがやっているという自惚れ心が
怒りを呼ぶのである。

幼児の喧嘩は衝突も早いが仲直りも早い。今泣いていたかと思うともう笑っている。
小学生は1度衝突すると2・3日ぐらいは口を利かないが、中学になると、1・2週間になる。
高校生になると、1ヶ月ぐらい、大学になると5・6ヶ月はかかる。
社会人ともなると、よほど仲裁人でも入らぬ限り困難である。
老人の喧嘩になると、棺桶に入るまで絶望的になる。
オレがオレがの主張は、年を増すごとに強くなるようだ。

今日の四字熟語は
無理往生むりおうじょう

意味無理やり従わせること。強制的に承知・服従させてしまうこと。

無理無体むりむたい
意味どうりにかなっていないことを無理矢理に押し通すこと。

明哲保身めいてつほしん
意味賢い人は物事に従って行動し、危険を避けて安全な道を選び、身を守るということ。

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